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わたしのソファー

カテゴリ:家族( 55 )

ばあちゃん



不景気なお得意さんらに合わせた長い夏休み。
7日から15日まで。


9日は一人仕事にでて、10日は山形へ。

おばさんたちと一緒に祖母のいる病院へ行った。

2月に祖母に会った時は寝たきりでほとんど眠っていた。
それから徐々に体は回復し、ひとりで食事ができるようになり、
病棟が変わり、歩けるようにもなった。

祖母は私がよくわからないようだった。
正確にいえば、わかる時とわからない時があった。
話の内容も筋の通らないことばかりで、
おばさんたちはイライラを隠さない。
でも、よく話し顔色も良い祖母を見るのは嬉しかった。

「なにがなんだか、どうしてここにいるのか、わからない。」

筋の通らない話しばかりする、痴呆の祖母のその言葉は宙に消えず、
そのまま私のこころに降りてきた。

サヨナラの時、ニコニコして手を振る祖母に駆け寄り、
ぎゅっと抱きしめたかった。


その後は、おばさんの経営する保育所へ行き、お昼を御馳走になった。
おいしい山形の漬物をいただき、おばさんたちのお嫁さんたちもその保育所で働いているので挨拶したり・・・おばさんたちもいろいろあるけれど、家族の繋がりを大切にしているから、いいな~と思った。仲良くが一番だなと思った。
人見知りだった小さい頃は、どうしてもその繋がりに入っていけなかった。
でも今こうしてお世話になっている。ありがたいなと思う。

それから、母の墓参りをし、お寺様にお布施を納めてきた。

ゆっくりしたかったけれど、一泊するとなるとおばさんたちに気を遣わせてしまうので日帰りしてきた。

帰りの新幹線の中で、介護士さんに頂いた祖母の写真を何度も何度も見た。
紫陽花を見に外出した先で撮ってもらった、祖母の明るい顔。
きれいだなと思った。


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by umih1 | 2010-08-13 17:36 | 家族 | Comments(6)

ライオンラニ

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ライオンカットした帰り道、すれ違った女の子たちに笑われたね。

あれから二週間たち、何となくライオンっぷりにも慣れてきたかな?

最初は襟巻きトカゲと呼ばれ、笑われたね。

いまでは襟巻き豚と呼ばれたりもするけど、母ちゃんはお前がかわいくてたまらないよ。

でも、もう二度と、お仕事用のバッグにオシッコはしないでね。
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by umih1 | 2010-04-25 21:19 | 家族 | Comments(8)

いろんな想いと、もの。




先週の日曜日は山形に行った。
ばあちゃんが入院していた病院は転院しなければならず、
ずっと受け入れ先をおばさんと相談員さんに探してもらっていた。
老人施設は100人待ちで結局入れず、老人向けの病院に転院できた。
ここなら年金で遣り繰りできるので、とりあえずホッとした。
その転院した病院に行って、書類にサインし、3階の明るい病室に行った。

部屋にばあちゃんはいなかった。おばさんとキョロキョロしていると看護師さんがきてくれて、
「転院したばっかりでー、寂しいんだべー。ベッドから降りようとするんだっけ。
危なくてよー、ナースステーションの脇さ、ベッド移しで寝せっだんだっけー。」
ありがとうございますーとお礼しいしいそこに行くと、口を開けてグゥグゥ寝ているばあちゃんがいた。
「ばあちゃーん。うみだよー。」
ぐらぐら肩を揺らすと、一度だけ薄眼を開けて、「あぁ、はーい」と声なしで返事をした。
「ごはん食べたばっかりだから、ぐーっすり寝てるんだべなー。」
と看護師さんが脇を通りながら言っていた。

ひとしきりばあちゃんの顔をなでて、話しかけて1時間、起きなかったけれど顔色も良くホッ。
看護師さんに挨拶し、そこを出て行った。

その後、ばあちゃんの荷物を撤去するために、借りている平屋の一軒家へ向かった。
おばさんの家から歩いて15秒なので、とりあえずおろしてもらい、ご先祖様たちの位牌を紙袋に入れ、
またおばさんの車でお寺様に行った。
前もってお寺様には、母の位牌以外の、ご先祖様の位牌を預かっていただくことを相談していた。
快く応じていただいたのでホッとしたが、さて永代供養となると、やはり高額を納めなければならず、
お金を貯めなくてはな~とため息がでた。でもこのご先祖様あっての自分なので、大切な問題なのだ。
自分の娘たちが嫁に行って自分が元気なうちに、なんとかしなくてはと思う。

それから、おばさんの家でお昼ご飯を御馳走になって(とっても美味しいうどんだった)、
ばあちゃんの家に戻り、一人でばあちゃんの必要最低限の衣類や大切なものを選別した。
翌週、廃棄業者に来てもらうので、どうしても捨てられないものは段ボールに詰めて自宅あてに送った。

母の着物やたくさんの古い写真を段ボールに詰めた。
思いがけず、母がよく着ていた服を目にした時、
私の誕生アルバムに添えてある母の手書きの文字や言葉を目にした時、
もう突然に目から水が落ちてきた。
何度もほどいた懐かしい青い毛糸。よれよれのその毛糸の、編みかけのストールがあった。
母は編み物が好きだったな。

ばあちゃんは戦争で苦労したから、やっぱり物は捨てられないんだ。
わかってたけど、たくさんの物がその時の匂いを吸い込んだままで、息苦しいほどだった。
ばあちゃんは頑張ってきたから、もういいんだ。
長年使ってきた物や、しまいこんできた物、ばあちゃんの物たち。
ばあちゃんはまだ生きているのにね。ばあちゃんの物たちは、もうばあちゃんに使われないものね。
ばあちゃんはまだ生きているのに。でもごめんね。家賃が払えないから。
私も死んだら物の数だけ悲しませるかもしれないから、あんまり物は増やしたくないな・・

ばあちゃんは徳のある人だ。自分が小さく見える。
天理教を篤く信仰していて、入院中突然、
会長さん(天理教の)にお納めできなくなっちゃったーと言っていたらしい。
転院先の病院では、年金で遣り繰りできるから、
少しでも余裕のあるときに会長さんにお納めしてもらうようにおばさんに頼んだ。
ばあちゃんは私に、天理教信仰を強制しなかった。
ばあちゃんは、そういえば何も私に強制しなかった。
ばあちゃんの徳が、私や子供たちを守っている。

ばあちゃん、ばあちゃん、ばあちゃん。


夕方5時の新幹線に間に合うように、駅までおばさんが送ってくれた。
その前に、おばさんの家で、娘さんともう一人のおばさんとお茶を飲んだ。
私はずっと、祖母を置いて父の所に来てしまったという負い目があったので、おばさんたちが少し苦手だった。
常に批判されているような気がして、会った時も表面的な会話しかしなかった。
でも、おばさんはつくづくと私の顔を見て言った。
「これで少し落ち着いたな~。・・・うみちゃん、大変だったな。・・・・あなた、随分苦労してきたものね・・・」
帰りの新幹線の中では、いろんな安堵感と長年耐えてきたことへの思いと、
おばさんたちの温かさに触れて、しばらくボーっとしていた。


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新幹線の中から撮影
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by umih1 | 2010-02-28 17:12 | 家族

ばあちゃんのからだ



先月、おばさんから電話がきた。山形のばあちゃんが肺炎で高熱、即入院したとのこと。
電話は水曜日に来て、木曜・金曜と、熱は下がり落ち着いたとのことでほっとした。土曜日も仕事をして、日曜日にばあちゃんに会いに行った。ばあちゃんはだいぶ痴呆も進んでいるので、私のことわかるかな~と思った。朝10時に病院について、「ばあちゃん、うみだよ。」といってもう~んと寝たまま。看護師さんに体を拭いてもらっておむつも替えてもらったとき、ばあちゃんの体をみた。ばあちゃんはずいぶん痩せていた。でも、おっぱいは相変わらず垂れ下がっていたのでなぜだかほっとした。つるんとしたお尻と背中、シミの目立つ肌、しわしわの腕と足、顔もしわくちゃで、とってもとっても可愛かった。
誰もいなくなってから、寝ているばあちゃんの頭をなんどもなでて、ほっぺもなでて、手相を見たりした。「ばあちゃん、うみだよー」というと、パチッと眼をあけて、あぁうみだか~みんな元気か~と言ってまた寝た。
毎日仕事が終わってからおばさんに電話した。一週間がたち、ペースト状のものを食べるようになった。まずいと言って嫌な顔をしたそうだ。かわいいな。
また1週間がたった。肉のすりつぶしも食べるようになった。よかった。
食べるって大事だと思った。

先週の土日は少しゆっくりできた。山積みのまま放っておいた、子供たちの用事も片づけることができた。平日は新入社員が入ってきたので、教えるのと自分の仕事とで大変なことになっていて、今日も会社にこっそり行って仕事をしてきた。でも午前中はパン教室に行ったのでリフレッシュ、自分の作ったパンをかじりながら仕事した。営業の人はいつもデータ作成を短時間で要求してくるので大変だ。私はコンピュータではない。
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by umih1 | 2010-02-11 21:13 | 家族

今年の体重



昨日は、犬たちを獣医さんに連れていった。
1年に一回の予防接種のためだ。
いつも通り、それぞれ体重を計ってもらった。

ラニ・・・6.75Kg
ジロー・・・9Kg

犬種別標準体重表によると、
ポメラニアンは2~3Kg、柴犬は8~10Kgらしい。

長女 「最近、ラニは食事中でなくても噎せるんです。」
獣医 「こういうの?ヒィーッヒィーッゴエーッ・・・でしょ?これって太ってるからだよ。」
長女 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私   「どういうダイエット法がありますか?」
獣医 「キャベツを茹でて、ドッグフードをその分減らしましょう。
運動量を増やしても期待できませんからね。ラニちゃん、先生もキャベツダイエットしてるよ。
一緒に頑張ろうね~。」

確かに過去最高記録だが、ずっと6Kgくらいだったから気にしていなかった。
ポメラニアンの標準体重が2~3Kgだなんて、始めて知った。
獣医さんの、骨が太くて体格のいい子なんですよ、という言葉に甘えていた。

健康で長生きしてもらいたいから、少し頑張ろうと思った。
しかしながら、突然の、獣医さんの犬の噎せる真似には非常に驚いた。
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by umih1 | 2009-11-15 15:05 | 家族 | Comments(2)

好きなもの



母は紫色が大好きだった。
だから私も紫色が好き。
でも、ピンクも好き。
ところで父は何色が好きだったんだろう。
特にお洒落する人ではなかったから、色にはこだわらなかったかな?


母はラーメンが大好きだった。
母は一時退院してくると、必ず毎週日曜日に幼い私を連れてラーメンやさんに行き、
一杯のラーメンをふたりで食べた。
今だったらおいしいラーメンを作ってあげたのになと思う。
大人になって父と初めて居酒屋に行ったとき、父は焼き魚が好き、ということを知った。
日本酒が好きで、一緒に飲んだ熱燗は、おいしかった。
父がうちに来てくれたとき、うどんを作って食べてもらった。
若くて手際が悪くて、冷めてしまったうどん。
でも、嬉しそうに食べてくれたから、私もうれしかった。


母は音楽を聴くのが大好きだった。
シングルレコードを順番に聴いて、口ずさんでいた。
特に小柳ルミ子さんが好きだった。
私はフィンガーファイブの大ファンで、
妙子ちゃんになりたいと、夢まで見ていた。
父は植木が好きで、ほかにもいろんな植物を鉢に植えていた。
庭には父からもらった青いりんどうが、今年も咲いてくれそうだ。


父と母への花

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by umih1 | 2009-09-26 16:56 | 家族 | Comments(4)

残暑ジロー



おれんち、南向きだから、
昼間はあっつくて。


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家のわきに穴掘った。
けっこう涼しいんだな、これが。


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昨日うちの母ちゃんは、スイカ食べ過ぎて腹痛いって言ってた。
でも懲りずにビール飲んでたな。
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by umih1 | 2009-08-20 22:36 | 家族 | Comments(14)

だいじょうぶだよ。



山形のスイカおいしいよ。


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山形に行った。
ばあちゃんと、母の墓参りに行った。
スイカを食べた。おばさんに頂いたトマトがおいしくて驚いた。

飼っていた猫が死んだので、2日間くらいボーっとしていたんだよとおばさんが言っていた。
寂しいね、と聞いたらうん寂しいな~と言っていた。
たぶん、16~7年は生きていたと思う。
いい相棒だったのにね。

ばあちゃんは、ひ孫たちが可愛くて、かわいいかわいいと触っていた。
次女の方を指差して、
「○○ちゃんは、2年前に、彼氏と別れたといって泣いてたよね~」
というので、みな驚いた。
次女は一度も彼氏がいないからだ。

着た日に、「もう帰るのか。気をつけてな」と言われた。
時間や日にち、曜日の順番も間違えるので、
「だめなんだー最近ぼけちゃって。」
と言っていた。
大丈夫だいじょうぶと言うと、
にっこりしていた。

そのまんまで大丈夫だよ。
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by umih1 | 2009-08-15 12:11 | 家族 | Comments(6)

サマーカット



今日は、一年ぶりに床屋さんへ行きました。

いい匂いをつけてもらって、ひまわりの飾りもつけてもらいました。


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去年より、顔を少し丸くしてもらいました。
帰り道、私は暑いのも忘れて、
「かわかわかわかわかわ・・・・・」と崩れた顔をして萌え萌えでした。
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by umih1 | 2009-07-26 15:29 | 家族 | Comments(2)

Thanks



3歳くらいの時の話。
自転車ですぐ近くのお店屋さんに行って、鉛筆の「キャップ」に一目ぼれした私は、
寿司屋をやっている自分の家に急いで帰って、思い切ってお父ちゃんに言った。
「あのね、○×ちゃんちの店でキャップが売ってて・・・欲しいんだけど、
お父ちゃんからもらった10円で・・・・・・買っていい?」
だんだん声は小さくなってしまう。
内気で親にも遠慮する子だったらしい。
お父ちゃんもお母ちゃんも、カウンターで仕込みをしていた手をとめて、
こちらを見て笑っていた。

ちんどん屋さんの鳴らす微かな音が風に乗って聞こえてくると、
わくわくして外にでて待っていた。
斜め向かいの蒲団屋さんのチョー君も、表にでてくる。
目の前を通っても近づけなくて、少し離れてじーっと見る。時々後ろをついて行った。

隣の豆腐屋のさっちゃんは妹とお父さんとの3人暮らしだった。
お母さんはいないと聞いた時、幼いながらも「大変だな」と思った。


雷雨の夜、お客さんも来なくて早く店じまいした日・・・。
雷さんに、ヘソを取られるとお父ちゃんに驚かされて本気で泣いた。
風呂敷をぐるぐるお腹に巻いてもらって、べそをかいていた。
お父ちゃんとお母ちゃんの笑顔、ずっと忘れてない。その事が嬉しい。

いろんな思い出が詰まっていたあの頃。
4歳くらいまでの思い出。ずっと大事。


11日は母の命日だった。
そして14日は私の誕生日だった。
母の日とか父の日って、私にはあまり縁がなかったから、
それぞれの命日や自分の誕生日が、母の日でもあり父の日でもある。
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by umih1 | 2009-03-16 00:15 | 家族 | Comments(8)
Days of Wine & Dogs
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