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わたしのソファー

カテゴリ:人( 29 )

Malala

今月号のEnglish Journal (英語学習雑誌)を立ち読みしていたら、
女性人権活動家のマララ・ユスフザイのインタビューが載っていた。
迷わず買って、何度も彼女のインタビューを聴いた。
聴くたび決まって泣けてくる。同じところで泣いてしまう。

2012年、登校中のバスの中で武装勢力に頭を撃たれ、イギリスに搬送され見事に回復。
まだ16歳の少女が語る熱い言葉に胸を打たれる。

自分の国、民族はみなテロリストではなく、客人を温かくもてなし、愛情深く、勇敢で仲間を大切にする。
タリバンにはこういいたいーやりたいことがあるのなら。対話を通してするべきだと云いたいです。

ーいつになったらパキスタンに戻れると思いますか?

帰りたいけれども、帰る前にしっかり自分自身に力をつけたい。
強くなるためにはただ一つ必要なものがあります。それは教育。
しっかり教育を受けて、パキスタンに戻ります。


マララは強い。


わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女

マララ・ユスフザイ / 学研マーケティング


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by umih1 | 2014-03-02 17:49 | | Comments(0)

魚座のお誕生日会

社長行きつけのフグ屋さんで金曜日に誕生会をした。


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社長も私も、古い付き合いの保険屋さんも3月生まれ。
女性従業員一人も加え、女性4人で集まって。

保険屋のおばちゃんFさんは、69歳になるそうで。
自転車で街中を走りまわる。
保険屋にありがちな派手さはないが、なかなか隅に置けない人だ。
内縁の夫は12歳年下。本人いわくイケメン。
子どもが中学生のころ、だんなと子供を置いて家をでて、
今の内縁の夫と暮らし始めたそうだ。
だんなとは未だに籍を抜かず、病気で入院すれば毎日付きそう。
子どもが中学生の時は毎日家に行き面倒を見たそうだ。

「くよくよしたって何にも始まんないのよ。どうせ生きるんなら楽しくなくっちゃ。」
「だって、つまんない男と我慢して一緒にいたって、具合悪くなっちゃうでしょ。」

Fさんとは17年前に初めて会って、元気な人だなあと思ったものだが、
「嫌な顔は絶対にできない商売なのよ。
お客さんに3秒で気づかれちゃうんだから、嫌なことがあったかなって。」

気持ちがちょっと引きしまった・・・くらいだったけれど、
この日Fさんに会って食事できたのは、私にとって大きな事のような気がした。

それにしてもフグ屋のTさん(73歳)は、かっこいい板さんだ。
こないだ銀行に行く途中、散策中のTさんを見かけた。

フグ鍋にご飯を入れて、ふっくらおじやに昆布の佃煮をのせて頂く。
ああ、旨いよ・・・

しゃきっとした年長者には、頭が下がります。
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by umih1 | 2013-03-10 18:07 | | Comments(10)

Thank you for being you.



最近は会社での昼休み中に、感動CMを見ては涙ぐんでいる。
その効用として、
①ドライアイが治る。
②泣くことで、気持がすっきりリセットできる。


Silence of love (Official English Subtitle) TVC Thai Life Insurance



"Que sera sera"
タイコマーシャル 日本語訳 -My favorite Thai TV CM #2




こういうCMを見ていると、この言葉が思い浮かびます。

「Thank you for being you」

あなたでいてくれてありがとう。
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by umih1 | 2011-10-15 22:07 | | Comments(6)

ステーキ週3ピアニスト



健康番組を見ていたら、90歳現役ピアニストの女性がとりあげられていて、
筋肉年齢36歳、胃の働きは20代前半男子よりも良好で、
心臓は老化にる脈の乱れなど一切なく美しい心電図であり、
肺がんの手術を受けたにも関わらず肺活量はバッチリ・・・だと。
いったいどんな生活を送っているかというと、朝昼晩、かなり食べる。
バタートースト・ラーメン・ステーキ・・・
午前中は5時間ピアノを弾いて、お昼を食べて昼寝をし、
1時間かけてその日に食べるものを買いに行き。
「好きなことをして、好きな時間に寝て、好きなものを食べる」 要するにストレスが少ない。
そして毎日規則正しい。
そして野菜も食べるが肉も食べる。
そんなに長時間ピアノを弾いていて疲れませんかと問われ、
この曲をつくった作曲家の考えや思いが、発見できる喜びがあるから・・とニッコリ。
豊かだ~!と感心した。

大正生まれなんだよなぁ。
室井摩耶子(まやこ)さん。
調べてみたら、ブログもやっていて、面白い。
自分のこと、肉食人種長寿族と言っている。

↓オフィシャルサイト
http://naks.biz/muroi/
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by umih1 | 2011-06-29 23:41 | | Comments(8)

さっちゃん。



小学校1年から山形に住んでいた私は、4年生の時に、さらに田舎へと引っ越した。
同じ山形だが、バスは1時間半に1本運行、近所には店が1軒、自転車で10分かけて床屋が1軒、というとてつもない田舎である。

強烈な山形弁にもだいぶ慣れたころには、近所の同学年女子の4人でよく遊んでいた。
その中でもさっちゃんは、個性的な風貌をしていた。
いわゆる、クラスで「ブス」の代表といえば、さっちゃんだった。
牛乳瓶のような眼鏡をかけ、眼鏡をはずせば美人かというとそうではなく、細い一重だった。
色は浅黒く、お風呂にいつ入っているのか、髪はいつもベタベタしていた。

さっちゃんとは一番家が近かったし、自分と同じ貧乏な雰囲気(実際そうだったと思う)だったので、親近感があった。
さっちゃんの家の、暗くて広い台所で、よくドーナツを作った。
おおきな鍋にゆらゆらゆらぐ黒い油に、ひとつひとつドーナツの生地を入れる。
ふたりで、しゅわしゅわ泡立つドーナツを、無言で見ていた。

さっちゃんの狭い部屋が好きだった。即席で二人でクリスマス会をやったこともある。
机と細いベッドがあって、あとはクッション2個分のスペースがあるだけの小さな部屋。
小さいけれど、プライバシーが守れるさっちゃんの部屋に憧れた。
他の友達の部屋はとても広くて、机はもちろん大きなベッドにテーブルがあってもまだスペースがある。
でも私はさっちゃんの狭い部屋が好きだった。狭い秘密の小部屋のような趣があった。

ある日、私の家の台所で、二人で蒸しプリンを作ろうとしていた。
しかし、いざ蒸し器に入れようとしたプリンを、無残にも私はひっくり返してしまった。
さっっちゃんは呆然としていた私に、
「店でチョコレート買ってくっべ。しょうがないべ。」と言ってくれた。
日頃、私の特異な家庭環境に興味津々で首を突っ込んでくるところが苦手だったが、それを帳消しにするほどの救いの言葉であった。



小学校の時(今の小学生もそうだと思うが)、一年に一度 「ぎょう虫検査」を受けた。
小さな羽根を付けたキューピー人形が、自分のお尻にセロハンを当てているあのイラスト、あのセロハンで検査する。
そのぎょう虫検査結果の保護者宛ての手紙を、さっちゃんは先生から渡された。
ようするに、ぎょう虫を持っているのだ。さっちゃんは。
医者に行ったという証明書を先生に提出しない限り、それとなく「えんがちょ」状態である。
小学生にとって、ぎょう虫とはそういうものである。

さっちゃんの他に2人くらい、ぎょう虫を抱えた人がいたが、即行で医者にかかったらしく、先生に完治証明書を提出していた。
しかしさっちゃんは医者にいく様子もなく、今考えれば両親で農業をやっていてとても忙しかったんだろうと思う。
この繁忙期が過ぎてから医者に行こう、ということだったんだろう。

しかし、だんだん日がたつにつれて、自然に皆、さっちゃんとの距離をとっていった。
私も例外ではなく、生理的にどうしても近づけなかった。
それはクラス全体で、「無視」のような形になっていったかもしれない。

3月初め、私の誕生会をするために友達にカードを配った。
皆、誕生会を開くのが当り前で、私も祖母に頼み込み誕生会を開いてもらった。
さっちゃんをどうしようと思ったが、誕生会に誘わないなんてありえなかった。
いくらぎょう虫でも、やはりさっちゃんの気持ちを考えると、せめて誕生会は普通に接するべきだと思った。

誕生会当日、食事のあとプレゼントを開け、ゲームをして遊んだ。
他の女子たちはさっちゃんに対して普通に接していた。
でも実は、さっちゃんに触れないように、そしてさっちゃんが触れたものに触れないように、皆さりげなく慎重だった。
私も慎重にしていたが、なにせ自分の家である。さっちゃんが触れたものを覚えておいて後で拭こうと思ったが、そんなことは無理だと思いもうどうでも良くなっていた。

しばらくしてさっちゃんが2~3日学校を休んだ。
休んでいた日に先生がさっちゃんの事を皆に伝えた。
さっちゃんは医者に行ったんだからもうイジメないように、さっちゃんのお母さんからも相談があったんだぞ、とのことだった。

それからはまったく普通通りになった。 ホッとした。

数年後、高校生になった私に祖母が言った。
「幸子がクラスで孤立して辛かった時、うみちゃんが誕生会に呼んでくれた時は本当に嬉しかった。本当に救われた思いだったんです。ありがとう。」そう、さっちゃんのお母さんに言われたと。

あの誕生会が終わって数日後に休んだのは、もう限界だったからだろうと思う。
本当は、誕生会で皆が普通に接してくれたような演技に傷ついたのかもしれない。
あるいは誕生会では皆普通だったのに、翌日の学校では変わらずシカト状態で、さらに傷ついたのかもしれない。
どちらにせよ、私自身も、さっちゃんを傷つけてしまったのだ。
いくら誕生会に呼んで親に喜ばれたとしても。



中学生になり、さっちゃんとはクラスは別になったものの、同じソフトボール部に入った。
3年生の時ちょっとしたトラブルで、私はソフト部の一部の人からシカトされた。
自分にとって、中学校生活最大の危機だった。
しかし高校受験という人生のイベントに皆悩むようになってから、シカトは自然になくなった。
さっちゃんはその時どうしていたか。それを思うと、小学校のぎょう虫の件は帳消しになる。
因果応報ということなのかもしれない。
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by umih1 | 2010-01-10 17:04 | | Comments(6)

iPodを研磨する小林さん



iPodの裏面の研磨を、日本の小さな工場が担っているそうだ。
TVですごい日本人とかいうのをやっていた。
アップル社は、優れたデザイン性を求めた結果、
ノーベル賞の晩餐に使用されているスプーンやフォークを研磨してる会社を追跡し、
それが日本の新潟県にある工場だったというわけだ。


小林研業さんのHP



ちなみに、自分のiPodをケースから取り出してみた。

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鏡になっている!どうしても携帯とカーテンが写ってしまう。
ピッカピカだ。
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by umih1 | 2009-08-01 16:22 | | Comments(4)

素敵なターシャさん



3年くらい前のBS番組の再放送に釘付けになった。
昨年亡くなってしまったが、日本でも大人気の「ターシャ・テューダー」さんの番組。
あ~疲れたな~と思ってたのに、気付いたらスッキリ。

ターシャさんは資産家の家に生れたが、社交界デビューをさせたい両親を困らせたそう。
「きらびやかな世界には興味がなかったの。ずっと・・・牛を欲しがっていたの。」
そんな少女は、13歳のバースディに念願叶って牛をプレゼントしてもらった!
15歳(16歳?)には家をでて、農業の仕事をしていたそうだ。
結婚して4人の子供をもうけたが結婚相手とは上手くいかず、絵本作家として稼ぎ子どもたちを育て上げた。


午後のお茶の時間は、15歳から愛用しているカップで紅茶を飲む。
親代わりに育てた雄鶏を呼び寄せ膝に抱いて、残りの紅茶をあげていた!
「この子(雄鶏のこと)は的確に私の言う事を理解してくれるから、唯一草むしりを頼める相手なの。」
むしる草とむしらない草があるから、他の人に任せられないターシャさんを、唯一助ける雄鶏。
ちょこちょこ走りまわるコーギー犬も、お尻がぷりぷりしていて可愛い。


60歳くらいに、あの有名な家と庭を作り始めたそうだ。
家は、息子さんひとりで「新しく見えないように」作り上げた。
番組の中では、ろうそくを作ったり何年も保存できるゼリーを作ったり。

春夏秋冬、季節季節を楽しむ・・・
素晴らしい庭・・・・・愛でいっぱいの庭、生き物たち。
「命は短いのよ。やりたい事をしなくちゃ。」

素敵。


背中の感じとか、しょぼしょぼした目とか、りんごをざくざく切る手つきとか、お茶を飲んだときのホッとした感じとか・・・・・山形のおばあちゃんを思い出す。あぁ・・会いたいな・・。

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NHK 喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭
永久保存ボックス〈DVD+愛蔵本〉 (単行本)
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by umih1 | 2009-05-28 20:59 | | Comments(4)

ピックアップブロガー♡



今週のエキサイトブログピックアップブロガーさんに、
リンクさせていただいているmoccoさんが紹介されています。
   ↓

今週のピックアップブロガー


私はmoccoさんのこの絵に一目ぼれしました。


私もmoccoさんの絵の女性のように、しなやかで美しく、可愛らしくありたいな~と思います。
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by umih1 | 2009-04-25 18:36 | | Comments(4)

白い椿



命のタペストリーの一部である私。
自分に恥ずかしくない生き方をして、その一部を飾りたい・・・



昨晩、教育テレビで、免疫学者の多田富雄さんの構想による、白洲正子さんをシテとする能舞台を観ました。
多田さんは哲学者の池田晶子さんとの対談もされていて、とても興味をもっている人です。文庫になった本を、昔読んだ記憶があります。最近エッセイを出版され、賞を受賞したそうです。養老先生がちらっと出演されて、この本の死のイメージに関してコメントされていました。
白洲さんとの共著もあることは知っていましたが、まさかここまでお能に精通している方だとは知りませんでした。そして、まさか白洲さんをシテ役にするという発想・・・とても驚きます。


「人間の細胞は、毎日何万と死んでゆく。そして新しい細胞が生まれる。それを日々繰り返し、だんだん死の比重が大きくなる。人は死と生の両方をもっている。」

「銀杏の葉っぱは何故秋になると落ちてしまうのか。それは、銀杏の枝につながれた細い部分の中の遺伝子が、死の季節を感じ取り枝から落ちていくことを知っているからだ。」


いかに生きるか、いかに死ぬか。
それは、例え悲惨な事故にあって死んだとしても、どのように生きてきたのか、ということに集約された言葉だと思います。死は生まれたときから始まっているのですから。


白い椿は・・・多田さんが白洲正子さんを譬えた花です。

散る時は潔く。媚びる必要のない、凛とした美。
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by umih1 | 2009-02-24 00:03 |

菅野米蔵さん



目が乾燥気味でアレルギーなので、とっても痒い。
処方された目薬をさしてもなかなか治らず。
胃が荒れているのか、吹き出物もあるし、口の中が荒れていて痛い。
肩と首もガチガチ (・ε・` )
でも、そんな体調不良なんて、へっちゃらだ~い。
明日もあさっても、しっかり休むもん。
・・・・・休み前って気持ちだけは元気なのである。

さっき見た番組で、菅野米蔵さんというかたが紹介されていた。
えらく感動した。
何に感動したかと言うと、その人は凄いものを作っている人だから。

全く目が見えなくても菅野さんが開発したサングラスをかければものが認識できるのだ。輪郭や動きを電気で伝えるというめがね。そういうものを菅野さんはつくっている。

視覚障害者である子どもの様子を街角で見て、その心細そうな様子にどうにかならぬものかと考えたことがきっかけだったそうだ。

世界的大発明のこのめがねは、世界中の視覚障害者にとって画期的なものだろう。このめがねをかけた視覚障害者は、触らなくても聞こえなくても、目の前にあるものを感じ取れるという事に感動するそうである。

人の役に立つ仕事っていいな~とつくづく思う。
素晴らしい。
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by umih1 | 2009-01-23 21:03 | | Comments(7)
Days of Wine & Dogs
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