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わたしのソファー

カテゴリ:本( 194 )

動物農場

動物農場は、一九八四年よりも面白く読んだ。寓話的な理由によるものかな?
豚の独裁に対して様々な反応をする動物たちが身につまされる。慣れは、変化への気付きを呑み込んでしまうんだな。
開高健の読後エッセイも良くて、オセアニア周遊紀行のある箇所は繰り返し読んでしまう。
開高健の言葉に触れると離れられなくなるのは、何故だろうか。

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by umih1 | 2017-01-08 22:11 | | Comments(0)

セラピスト

本書にも記載があるが、イタリアの精神科病院の廃絶は世界初であり、数年前に映画にもなった。その事実を数年前に知った私はとても驚いた。いったいどういうことだと。しかし本書を読み、統合失調症は改善する、完治する人もいるということを知り、ショックを受けた。統合失調症は2種類ある。私の母は、幻聴や妄想に苦しめられるタイプで、幼いころから近くで母の症状を見てきた私にとって、その病気が治ることは奇跡だと思っていた。外泊の時、症状が悪くなると病院から医師や看護師が自宅に着て母に注射を打ち連れていく。とても長い長い廊下を歩き、その先の棟は、鉄の扉でかんぬきがさしてある・・母が亡くなりもう18年近くなるが、ずっとずっと、不治の病だと思っていた。
本書での圧巻は、医師の中井久夫の件だ。一昔前だったから可能だった時間の取り方、患者との接し方。
読み進めるほど心が震えた。この人のような先生に診てもらっていたら、母さんだって良くなっていたはずだ。母の人生の物語を私とふたりで紡いでいけたはずだ。
そして河合先生の深さ・広さは、いうまでもない。私は先生の著書をこの先も繰り返し読むだろう。
文庫版特別書き下ろしの、鹿児島でラグーナ出版という就労支援事業所を立ち上げた精神保健福祉士や医師やそこで働く精神疾患の人たちの話が興味深かった。統合失調症などの症状や苦しみを綴った文章を募集して掲載する雑誌を出版しているらしい。
中井氏が言っていた言葉は忘れてはならないと思う。
「言語は因果関係からなかなか抜けない。因果関係をつくってしまうのは、フィクションであり、治療を遅らせ停滞させる。河合先生と交わした会話で、いい治療的会話の中に、脱因果的思考という条件をあげたらおおいに賛成していただけた。つまり因果論を表に出すなということです。」
これは、人との関係にもあてはまると思う。言葉を交わしてもそこに寄りかかってはいけない。それは人を想うことに比例すると思う。

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by umih1 | 2017-01-08 22:10 | | Comments(0)

ひきこもり文化論



昔観たテレビ番組のある場面が忘れられない。不登校の女の子に手を余した両親が、不登校やひきこもりを治すやや高齢の女性に依頼して、スパルタ的に娘を矯正してもらうという番組だった。とりあえず登校しはじめる娘と、それを笑顔で見守る両親、スパルタ矯正業者・・・めでたしめでたし。本当にめでたいのは、その番組だ。

斉藤氏の著書にあるように、金もうけ主義ではないかもしれない矯正業者に限らず、理解の浅い人間が手を差し伸べることに対して、それは ’ルールの存在しない善意による暴力’ である。こういう問題に簡単な解決法などどこにもないのだ。ひきこもりをしている人々は周りに数人いて、たまにその母親から話を聞かされていた。世間が云うような、単純に親の甘やかしが原因とは考えられずずっとその理由がわからないでいたが、斉藤氏の本を読み少しわかった気がした。そのひとつに、’去勢’(父親を始めとする他者との関わりのなかで、自己万能性の去勢を経てより社会的な存在となり成熟へと繋げるということ)を妨げる、’去勢否認’(母親密着など)が大きな原因であるという。逆を言えば去勢は必須。
ひきこもるという行為は、内省を深め、うちに豊かさを保ち今以上に自己を磨くこととだろう。しかし世間一般のいうネガティブなイメージのひきこもり者は、他人との関わりを断ちたい・傷つくのが怖い、という理由かと思っていたが、その逆であるという。
他者との肯定的な出会い・・・それがあれば、ひきこもりから一歩外にでることができると斉藤氏は提案している。そのきっかけとなるのは、インターネット・SNSでるという。’対話の無意味さ’ そこを大切にしていこうと。暗い部屋でPCにかぶりつくひきこもり・・・そんなイメージを持つことはやめた方がいい。事実SNSが果たす他者との関わりによって、外に出られる人がいる。

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by umih1 | 2016-11-06 11:38 | | Comments(4)

固執しないほうがイイネ!




我の強さが、時には面白いことを引き起こす場合だってある。それに我の強さがなければ、この世は無味乾燥。
でも人と人との関係上では、我を取り除いた付き合いができれば肩の重みもストレスもなくなるんだろう。
瞑想することは大切だと思った。




懐かしくて寂しくて温かい。
大好きで大切な本がまた増えたな。
みんなにお勧めしたい。
ヤマザキマリさんのことがますます好きになっちゃった。




細野さんの大ファンなのに実は彼の著書を初めて読んだ。
なんたることだ!なぜいままで読まなかったのだろう!
ほんとに楽しく読んだ。枕元に置いてなんども繰り返し読む類の本だ。
6月にライブに行くのがますます楽しみになった。
表紙デザインも大好きなテイトウワさん。




高校を辞めてイタリアへ絵の勉強をするため日本を脱出したマリさん。さまざまな辛酸をなめ、恋愛し結婚し子供を産み一所懸命仕事をし、ユニークな視点をもつマリさん。
外から見た日本、ほんとのイタリア。
最近ヤマザキマリさんに心酔する私が、喝を入れられた言葉がこの本にある。
「置かれた場所で咲かない」
マリさんは、居心地が悪ければその外に出ればいい、自分にはここしか居場所がないと考えることは自己暗示、一歩外にでれば多様な価値観が認められる広い世界だってある・・・
忍耐強さが唯一長所だと思っていた自分に、子供のころの自分に、言って聞かせたい言葉だ。
いま苦しんでいる子どもや大人に(特に子どもたちに)聞かせてあげたい言葉。
大人はそう簡単にはいかない、それは自分勝手というものでしょ。そんなのわかってます、だけど、自分で自分を縛ることはない。状況をかえることが難しくても、せめて固執した考えからフリーになりたい。
そんな人にはまず、1日でもいいから、旅をお勧めしたい・・・などと、いろんなことを考えてしまった。旅といってもいろんな旅の方法がある・・

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by umih1 | 2016-05-08 18:59 | | Comments(0)

面白くて素敵な本棚

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今日は神楽坂に行ってきた。
一度行ってみたかった書店、かもめブックスが目当て。
カフェもあり、奥にはちょっとした展示もあり、本棚も素晴らしく楽しかったな。
本の帯は、かもめオリジナルの帯が巻かれている。


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かもめブックス向かいの、ラカグ という大きなお店は、新潮社の倉庫だったらしく広々としていた。
家具とか洋服とかステキなものがたくさん売られていた。
洋服は好みのものが多かったけど、私にとっては高くて買えませんでした。
来週は漫画家のえびすさんのイベントがあるとか、、

もっと体力があれば、他の本屋さんにも行きたかったなー。
次回のお楽しみにとっておこーっと。




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by umih1 | 2016-05-04 21:03 | | Comments(2)

ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論



わたしは10代のころからずっと、ルネサンス時期の絵が好きだった。今年はイタリアとの国交樹立150周年ということで豪華な展示会が開かれており、今月はボッティチェリ展とレオナルドダヴィンチ展に行った。
わたしは特に聖母の絵が好きなのだが、第5章の中でヤマザキさんが書いておられることに、目から鱗が落ちるようであった。
ルネサンス以前のキリスト教信仰の象徴であるイコン画は、宗教というものを深く考えるな、マリアとはキリストとはこういうものだ、とにかく崇拝すればいいのだ、という考え方のものであり、フィリッポリッピが聖母像をブロマイド化して描くことにより、硬直した宗教感に対して疑問を投げかけた・・
それがまさしく”ルネサンス”ということ。
別にいいや、考えないほうが楽だと思っていたことと向き合い、自分で教養や知識を活性化して硬い殻を脱ぎ捨てる。そして新しい芽生え、再生がまさしくルネサンスだと。
ルネサンスを生んだ、懐疑的な精神・・本質的な思考。
美術史や歴史を深く学びイタリアの精神に触れるヤマザキさんは、教養や知性が欠如した状態のままで放置されると人はいかに堕落し劣化してしまうかとうことに触れている。
愛しき変人たちの話も面白かった。
できればもう一度、イタリアに行きたい。北から南まで行ってみたいな。

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by umih1 | 2016-03-27 21:32 | | Comments(7)

目の見えない人は世界をどう見ているのか



私は強度の近視なので、自分がいつか視覚障害者になってしまうのではと心配になり、怖くなるときがある。老いればもっと悪く弱くなるだろう。
視覚障害の人たちの世界は他人事ではなく、切実な思いで読み始めた。

情報過多な今を生きることに対して、見えない世界は情報量がとても少ないと語っている。
それは視覚刺激からの情報に踊らされない安らかさと、俯瞰的に物事を捉えられる、豊かな世界である。

美術館にて鑑賞をする試み ー 見えるひとにガイドしてもらう。そこにはお互い、新しい気付きが生じたり、さまざまな解釈ができるライブ感が楽しいという。

著者が提示する、障害の使い道をもっともっと開いていく必要がある、創造を繋げる、という言葉に、目が開かれる思いだった。

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by umih1 | 2016-03-27 21:31 | | Comments(0)

小池龍之介さん



仏教関係の本の中で、小池さんの著者はこれが初めて。具体的で分かりやすいと思う。
わたしが気に入ったところは、自我は存在しないという章。

くるしい気持ちや楽しい気持ちなどすべては何一つ自我の働きによって生じたものではなく、単純に、こころの動き、ということである。
他からの刺激に自動的に反応しているだけ。

五蘊が勝手に身体の中を流れてくー
情報を勝手に認識して勝手に反応しちゃってるー
ああ勝手に勝手に五蘊が流れてくー
というふうに流れに身を任せていく、そこにはまったく、我はない。無我になる。

池田晶子さんのNobodyの意味がよーくわかる。

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by umih1 | 2016-03-27 21:28 | | Comments(4)

開店休業



吉本隆明さんと長女ハルノさんの食にまつわるエッセイ。
吉本さんは子どものころの食べ物の思い出を多く語り、最後の方では同じネタをだしたり食とは関係のない話題を載せていたり。そこをつっこむハルノさんはそうとう豪快な感じだ。
中でも笑ったのが、締め切りを抱えた漫画家のハルノさんは、亡くなった吉本さんの上にロックアイスを置き仕事にかかった。朝七時半に終わり、死んでる父に出来上がった原稿を見せ、その額を原稿でぺちぺち叩き2ショットの写メを撮ったという。
吉本さんは魚がお嫌い。「おれにはわからない何かが魚にはある」
これ、魚の部分を変えて、使えるなあ。
「信念はどこへいったのかと、嘆かわしくなる。良いことばかり言う集団や個人が増える社会は衰退していく。私はまず、私自身を”良いこと言いの悪癖”から切り離したい。」(211頁より)
ハルノさんのいうように、コロッケは男爵イモで作るのが一番だ。

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by umih1 | 2016-02-21 21:21 | | Comments(0)

チャイルド・プア2 貧困の連鎖から逃れられない子どもたち



川崎市の中学一年生殺害事件への背景にあるものは、母子家庭による貧困が原因のひとつである、ということについて、何も反論はない。夫のDVから逃れるため離婚し、子供五人を抱えて両親の近くへ引っ越したものの、高齢の両親の介護も重なりパートを掛け持ちしても生活は苦しく、そんな母親自体に時間も精神的な余裕もなく、、という背景から最悪のことになってしまった。
その母親について、有名な女性の作家は痛烈な批判をした。恋愛している暇などないと。子供が大人になるまでは女を捨てろと。
よくわからない。それでも作家かと耳を疑う。
どうでもいい事だが、私は、シングルマザーという言葉が好きではない。どうしてもその語感が、1人で頑張ってる大変な私、というイメージがあり、自分自身片親で育ち、以前の職場ではシングルマザー達から、夫がいる人は楽などと言われた事もあったので。共稼ぎよりリッチで恵まれたシングルマザーもいる。
何が良いのか大変なのかなんて、一概に言えない。だからなるべく、シングルマザーという言葉が嫌いでも、先入観を持たずにこの本を読むようにした。

ワガママな理由で離婚し、貧困が原因で子どもを虐待したり、、そんなケースには呆れるしかないが、人はそれぞれ我慢を入れるキャパに大きな差があるので、子どもがいるにも関わらずすぐ離婚を選ぶ人のことは、責めても仕方のない事なのだ。

東京都の原さんはスクールカウンセラーとソーシャルワーカーのような仕事を無給で長年やっており、学校からの信頼も厚く、卒業式の一場面を読んだ時に、原さんの人間としての力の最骨頂を見た思いだった。

子どもの貧困の原因は、地域の繋がりの希薄と、人の成熟度の低下であると、つくづく理解した。
いま、自分にできる事はなんだろう。今後の自分の生き方に影響を与えた本だった。

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by umih1 | 2016-02-21 20:48 | | Comments(0)
Days of Wine & Dogs
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