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わたしのソファー

ポテトチップス



私は、思春期の頃から20代くらいまでの間、自分自身を持て余していました。
「自分のすべてを知って欲しい、理解してほしい。」そんな欲求が大きくなり、相手との距離が上手くとれないのでした。
それは独占欲というものではなく、ただ自分を受け止めてほしいという願いなのでした。

私は叔父一家に居候していて、身も心も狭い部屋にいました。
しかし高校生になったとき、祖母は一大決心をして学校のそばのアパートを借り、そこへ引っ越したのでした。
その時の解放感は、とても言葉にはできませんでした。
自分の部屋でくつろげる、もういろんなことに苛まれることはない・・・・・

昔友達だった年下の女性は、大阪の施設で育ちました。
彼女もまた不器用な生き方をしていました。
「中学そつぎょーして、母親がいるトーキョーに来て、結局一人暮らししてたけど、その時感動したこと何だかわかる?」
「何?」
「ポテトチップスを、一人で一袋食べたこと。」

施設では、なんでも少しずつ。ほとんどが共同。
私は、自分が心おきなく自分の部屋でくつろげる、あの感覚を思い出し、彼女のポテトチップスの話に共感したのでした。


彼女も私も、自分をありのまま、まるごと肯定して欲しくて、ずっと飢えていたのだと思います。


それは子供時代に自分のありのままを受け入れられる体験を、十分に味わう事がなかった為なのでしょう。
特に小さなころは、日常の生活の中で親やほかの大人に、自分のありのままを受け入れられなければ、一体誰が受け止めてくれるのでしょう。
それは自分の自信のなさや、他社とのコミュニケーションがうまくできないという問題につながるのでしょうし、必要以上に人を傷つける大人になるかもしれません。


飢えていたとはいえ、しかし私は恵まれていました。
祖母の愛もありましたし、両親と一緒にいた時間は少なくても、確かに愛されていたのです。

しかし彼女は、切なくなるくらい寂しくて、ふたを開けると心の中は叫びでいっぱいなのでした。
その時彼女は21歳でした。年上の金だけは持っている男と結婚し子供をもうけました。
夫との関係に悩みつつ、従うしかなく、子育てをしていました。

今の私は、ありのままの自分を受け止めてくれる人に出会えたので、もう飢えたような苦しみはありません。
それまでは後ろを振り向かず、必死に前を向いて走っていたかのようでした。
もし立ち止まったり、後ろを振り向いてしまったなら、過去の亡霊が私をがんじがらめにしてしまう・・・そんな気がしていました。
でも温かな場所で、ゆっくり振り向いてみたら何も怖い事はありませんでした。
過去の自分を、自分で慰め抱きしめたのです。
あの頃は私も必死で、彼女のことはそのままにしてしまいました。
今は全く付き合いはありません。元気であればいいと思います。



親殺しをしてしまう子ども・・・
この子たちは自分をまるごと受け止められた記憶はないのでしょうか。
心に自分でも気付かない澱をためていたのでしょうか。
私が前に住んでいたところで、中学3年生の女の子が父親を殺害した事件が今年ありました。
きっとこの女の子は愛されて可愛がられて育ったのでしょう。
しかし、何が彼女を、そうさせたのか・・。
それは一言で説明できるものではないのでしょうが、許容と締め付けのバランス・・・そのバランスが悪かったのでしょうか。
自分のありのままを受け入れてくれる体験・・・それを履き違えたなら、ただの甘やかしになってしまいますし。


私は子供に対して、どういう母親なのでしょうか。

時々、揺らいでしまいます。
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Commented by おやスケ at 2008-09-03 10:42 x
他人の力の元で支配的に左右される事の苦痛は小さい子供でも
わかりますよね。その間逆も・・・。どちらに偏っても人間としてのバランス感覚が崩れてしまいますね。又、支配を逃れても、別の強力な支配関係に入って行ったりとかしがちです。
自分を丸ごと肯定してくれるのは、結局自分自身しかいないんではないか。自分を受け入れる、手助けをしてくれる人にめぐりあえるかどうかは生きている中でとても重要な事だと思います。
めぐり合えたとしても、あなたはあなた、私は私、といった関係が多い中で、「私の中にいるあなたが私を全面的に肯定してくれるから私は救われた・・」という、稀な事は起こりうることだと思います。
大概はのぼせや思い上がりや勘違いの域をでないと思いますが、
うみさんはそういう関係を見つけられたのですね。それはとてもとても稀で、幸せなことだとおもいますよ・・・。そういうことを子供に伝えていけたらどんなにいいでしょうね。とてもいい記事、ありがとうでした。
Commented by umih1 at 2008-09-04 23:15
おやスケさん
私がこの記事で一番言いたかったことは、実は自分の話よりも子供と親の関係の事でした。
今読み返してみて、自分の話に重点をおいてしまったので伝わりにくいと思いました。
自分を丸ごと肯定してくれる親・・・甘やかしではないんですよね。受け止めてくれる安心感が不足してると、どうしても不安定になり私のことなんてどうでもいいんでしょっていう気持ちになりますよね。
それが攻撃性に転じて、自分の事で精一杯の親はその攻撃に向き合えない、目をそらす=まだ受け止めてくれない・・・の悪循環なのでしょう。
まだ攻撃する子はわかりやすいからいいけれど、まったく牙を見せずにずっと溜めた結果が、前の日に仲良くカレーを作って食べていた女の子が父親を殺す・・・という事なんでしょうね。
親と子は違う、もちろん同じ子でも兄弟は違う・・・十人十色ですもんね。なぜ受け止められないんだろうと、子供の気持ちを考えるとせつなくなります。
Commented by umih1 at 2008-09-04 23:15
おやスケさんの仰る通り、自分を丸ごと肯定するのは自分だという事は、とても大切なことだなと思います。
それができなくてつらい思いをするのって、ホントにつらいんですよ!
こんな歳になってやっと、そういう意味での幸せを手に入れたというか実感したというか、人との出会いや自分の変化のきっかけに、とても感謝しています。
こちらこそ、コメントしにくい記事に、ありがとうございました。
by umih1 | 2008-08-31 23:00 | 思う事 | Comments(3)
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