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わたしのソファー

女の数だけ愛がある。



むかし女がいた (新潮文庫)
大庭 みな子 / / 新潮社




大庭(おおば)みな子 「むかし 女がいた」

これは、「むかし 女がいた」 で始まる短編集。
確か、文芸雑誌に連載されていた。
ようやく文庫になったので、嬉しかった。

大庭さんは昨年亡くなってしまった。
芥川賞受賞作の「三匹の蟹」は、いつか読む予定。


この本は・・・今年読んだ本で(まだ4月だけれど)、一番か二番かも。


7章が好き。
子供も育ち、日がな一日のんびり寝転がる女。
のんびりしていても、何が真実かを知っている女。



最後の章が圧巻。
ほんのちょっとだけ抜粋。(171頁)


人は一度生まれたら
決して消えてなくなることはない

この世の全てのありようは
むかし生まれて逝った人たちの織る
模様 かたときも休まず
少しずつ 変る だが 変らない
不思議な 模様




c0141335_23195620.jpg



女の数だけ愛があるとしたら、
男の数だけ愛もある。

女で良かったと思えた時。
それはいつか、私が死んだあとも
連綿と紡がれてゆく、模様の一つとして残るのだろう。
そのときを想うと胸が締め付けられる。
まだ模様だけでは、悲し過ぎるし、早すぎる。




ブーケは、駅にあったお花屋さんで、アレンジしてあったものを購入。
もっと赤や紫系の、はっきりしたブーケが欲しかった。
寒くて曇っていたから。
でも、これはこれで、可愛らしい。
ピンクいろいろ。
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Commented by おやスケ at 2008-04-14 00:18 x
人は死んだら無だとかいいますが、そんなことは不可能で、人の記憶に残り確かに存在した模様が残る。だから無ではありませんよね。
素敵な一説とブーケ(天気にシンクロ)をありがとうございます。
次々と「昔 女がいた」で始まる短編って気になりますね。そういう形式ってつぼにはまります。昔 男がいた。。。ってどうも野暮で・・。笑
Commented by at 2008-04-14 00:22 x
読みたい!と思ってました。新潮文庫ですね!図書館で借りるのと違って、文庫本買って、ちびちび読むのが好き♪ブーケ可愛いね。トルコ桔梗が、むにゅってしてる(笑)。
Commented by syenronbenkei at 2008-04-14 00:55 x
人は死んだら無?
さぁ、、、それは死んだことがないから僕にはわかりません。
でも、生きている今、
「しかし、女がいた」
って確認したいなと思う、、、な。
無かどうか知らんがな。
しかし、僕の中ではいたんだよ、まちがいなく、、、って。
真実って、そういうことじゃないかな。
Commented by umih1 at 2008-04-14 22:08
おやスケさん、昔 男がいた・・・もいいと思いますよ^^。
模様が残るのは、いったいどこでしょうね?やはり、人の記憶や心のなかでしょうね。
でも、例えば100年前や1000年前の人々の営み・・・想いなど・・・基本的に変わらないと思われるものは、人の細胞の中に受け継がれているんだろうなと思います。
今のところ、どこにも無というのは見つからないし、私には感じられない。
おやスケさんのこころにブーケが届いたように、例え実物ではないとしても、それは無ではないでしょうしね。
Commented by umih1 at 2008-04-14 22:13
菫さん、可愛いでしょ?お店にはいろ~んなブーケがたくさんあって、選り取り見取りでした。日曜日は雨が降ったり曇ったり・・・だったので、ついつい買ってしまいました。トルコ桔梗って花びらがたくさんで好き。手前の白い花も可愛らしいんだけど、名前なんだっけな~?
この本は、やはり女が読むと面白いんじゃないかな。うん、寝っ転がりながら読むのに、文庫本て楽チンだね!
Commented by umih1 at 2008-04-14 22:29
セイロンさん、死んだら体は無くなる。でも、「しかし、女がいた」っていうのは生きた証、私はそう思ってくれる人が一人でもいれば幸せです。ぜんぜん、無 ではなくなる。
「しかし、僕の中ではいたんだよ、まちがいなく」
女にとって、それは喜びです。女も男も関係ないんでしょうが、胸に刻まれたそういう想い、それだけなんでしょうね、真実は。
何も残らなくても、想ったという記憶は残りますよね。

Commented by bunkasaba at 2008-04-15 00:31
コンスタントに読書されていますね~。
目がちかちかして、最近は新聞読むので精一杯です・・・。
大庭さんも名前だけ聞いて、読まずじまいです。
Commented by bongu04200420 at 2008-04-15 11:01
仏教には有見(うけん)、無見(むけん)ということばがあります。
有見とは
「万物は常住であり、不変であって、人は死んでもまた生まれ変わる」
という考え方。
無見とは
「万物はすべて虚無であり、人は死ぬとまったく無に帰する」
という考え方。
この二つの考え方は、正しい因果の道理に背くものとして考えられています。
龍樹菩薩という方は、この有無の見について、
「人間を含むすべてのものは、互いに因縁和合によって生じ滅してゆくものであって、その存在は、常住不変でもなく、虚無でもない」
として、「空」の思想をもって示され、有無の見を摧破されました。
なんか難しいですが違うジャンルからのコメントです。

人は一度生まれたら
決して消えてなくなることはない

この世の全てのありようは
むかし生まれて逝った人たちの織る
模様 かたときも休まず
少しずつ 変る だが 変らない
不思議な 模様

少し似てる気がしたので。
Commented by umih1 at 2008-04-15 21:28
bunkasabaさん、目の疲れは私も同じです。すっごく疲れる。
でも、本は、PCを見るよりも眼精疲労は少ないです。今の文庫本て、前と比べて字が大きくなってるし。昔の文庫を見ると、なんでこんなに小さな字を読めたんだろうというくらいの、字の小ささに驚きです。
うちは読売をとっているんですが、少し字が大きくなったようです。
Commented by umih1 at 2008-04-15 21:34
bonguさん、模様はきっと、ひとつとして同じ模様はないのでしょうね。それぞれが、影響された結果の模様。
この記事で、空 という言葉のコメントをいただけるとは思いませんでした。見かたによっても、模様は変わるんでしょうか。
少しずつ 変る・・・だが 変らない・・・  あぁ、そうですね、全体から見ても、ひとつを見ても・・・・・・不思議。
空 ですね。
by umih1 | 2008-04-13 23:33 | | Comments(10)
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