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わたしのソファー

13年経っても。



今日は、13年前に阪神大震災があった日。

私の隣で仕事をしているA子さんは、13年前の今日、息子さんを震災で亡くされた。
毎年この日が近づいてくると、A子さんの悲しみが伝染してくる。

「うみちゃんごめん。携帯忘れたから、会社の電話借りるよ。」
「あ、どうぞ。わたし、先にお昼を頂きますね。」

ところどころ聞こえる会話は、神戸にいる娘さんを励ましている内容だった。
A子さんは30年ほど昔、事情があり神戸に幼い子供たちを残し、実家に戻ってきた。
彼女は残された子供たちの事を考え、一時は自殺まで考えるようになった。
会わせてもらえない辛さは、年月が経ち、大きくなった子供たちにやっと自由に会える喜びに変わった。
しかし、たった22歳で息子さんは亡くなってしまった。。。
その時20歳だった娘さんは無事だったが、兄が救出されるまでの一部始終を見ていて、それが13年経った今もありありとよみがえり心が苦しくなるのだ。

電話を終えたA子さんと、ポツリポツリと会話する。

「A子さん、娘さんはお医者さんに行ったの?」

「うん。この日に近づくとどうしても眠れなくなって・・・お薬を貰ってきたって。私もそうだけど、私はその場にいなかったから・・・娘はこう言うのよ・・・ずっと並んだ公衆電話。やっと自分の番になったけど、お母さんにお兄ちゃんの事を伝えるのが、母さんと父さんの離婚よりも辛かった。ってね・・・。」
「13年経っても何年経っても、あの、息子を亡くした悲しみは全く癒える事はないの。日常の楽しい事を楽しめるようになっても、泣く回数が減っても、あの悲しさは減らないの。」
「子供が小さい頃の事を思い出すと、辛くて辛くて、なんで?って後悔ばかりで・・・。」

娘さんには女の子と男の子が授かった。
「R君(孫の名)は、息子の生まれ変わりだって信じてるの。だって誕生日も近いし、意識してつけた訳じゃないのに名前が息子とほぼ同じなのよ。」
とってもキュートなお孫さんたちの写真に目を細めているA子さん。
そんな時のA子さんの顔が好きだ。

「息子は・・・本当だったら、この2月で36歳だから・・・うみちゃんと近いね。」
「うん、そうか~・・・。あ、A子さんの好きな、イ・ビョンホンさんとも近いね!」
「あはは、そうね~。」

一生懸命に娘さんを励ますA子さん自身も、鬱病の薬を数年前から飲み続けている。

私は、自分の母が心を壊してしまってずっとずっと苦しかったので、A子さんの繊細さが心配になる。だから逆に気を遣わずに、息子さんの話や昔の話を聞いてみる。
A子さん自身もまだ鬱だとわからなかったとき、
「うみちゃん。私、なんか考えるのが苦手になってきて・・・集中できないの。更年期は軽くなったのにな・・・。アルツハイマーとか、脳の病気かな・・・。眠れないし・・・。」
と、少し虚ろな目で言われた。
「心療内科あたりに行ってみた方がいいかな・・・。それともA子さん、かかりつけの脳外科にまずは行ってみたら?」
休みをとって脳外科に行ったら、鬱の症状だからと診療内科を紹介されたそうだ。

鬱は私にとって身近な病だ。父も鬱だった。だから変だと思ったら、すぐにお医者さんに行って欲しい。
しばらく後になってA子さんは話してくれた。
「病院にかかる前、本気でマンションから飛び降りようと思ったの・・・。でも一緒にいる妹や、娘や孫の事をかろうじて思い出して、飛び降りるのを止めたんだ。」


この先にもっと辛いことがあるとしたら、私は受け止めることができるだろうか。
A子さんのように。

「生きるって、大変だね。」 「うん。そうだね。」

にっこり笑う美しいA子さんの横顔。

せつない。
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Commented by at 2008-01-18 00:07 x
うみさん。今日の記事は、正座して3回読み返しました。
「トラウマ」なんて言葉で括られない、人の心の重さが感じられました。だけど、今確かに言えるのは、A子さんの隣に心の優しいうみちゃんがいて、本当に良かったということです。どんなに救われていることでしょう。
Commented by ジミヘン at 2008-01-18 19:52 x
今日の文章は、重いですね。
震災によって、私も人生を狂わされたと思っているけど、
この文章を読むと、考えさせられる。

最近、山本文緒さんの「うつ病日記」を読了しました。
ある人は「うつの時代だ」と言っていましたね。
色々と考える日々です。
Commented by umih1 at 2008-01-18 21:27
菫さん。。。A子さんは、今日も元気に出社されましたよ。
鬱の薬の副作用で、お昼ごはんの後は、必ずお昼寝されます。すごく眠くなるらしいのです。  
何年か前、お昼にCDを聴いたんです。“カノン”だったのですが、突然A子さんは号泣しました。その曲が終わった後茫然として、気づかないうちに泣いてしまったらしくて・・・・・あの鳴き声は心の叫びでした。とても切なかった。
「でも、生きていかなければいけません。残されたものは、悲しいからと言って自殺してはいけません。つらくても、生きなくちゃダメです。」って、目上のA子さんに、言った事があります。
鬱の人への励ましは禁止ですが、思わず言ってしまいました・・・。
幸いA子さんは、前向きで明るい妹さんと暮らしているので良かったな~と思います。
Commented by umih1 at 2008-01-18 21:41
ジミヘンさんが震災の経験があるという事は、以前のエッセイを読ませていただいたので知っていました。昨日の日記にも記載されていましたね。。。
A子さんは悲しくなると自分に言い聞かせるそうです。
「天災だから仕方がない。2次災害の火事で、生きながら焼死してしまった人よりも、箪笥の下敷きになって亡くなったから息子はきれいだったし・・・。天災だから・・・。早朝だったし・・。」
A子さんは鬱になってから、料理する気力がなくなり出来合いのものをよく召し上がるそうです。
豊かに人生を送りたい。そう誰でも思うでしょう。でも今は、鬱という病気に誰でも成り得る時代。まずは鬱とはどういう病気か、という事からですかね・・・。
Commented by syenronbenkei at 2008-01-19 16:19
今日の記事って、、、ちょっとコメしにくい^^;
オフクロが神戸出身なので、親族はほとんど神戸だってこととか、僕が精神科畑出身だということとか、僕自身、看護学校へ行ってる時に環境の激変で鬱になって休職・休学を余儀なくされたこととか。

今ね、知り合いが一人入院してます。
治療や見舞いの甲斐なく悪くなる一方で、先週、とうとう保護室に入って、面会もかなわなくなりました。これから彼女の治療は電気ショックとかに移行していきます。嫌ってほど知ってるから、だって暴れる患者さんに僕自身が馬乗りになっておさえてきたんですもの。

人間って、不公平ですね。
苦しむ人って、なんだか徹底的に苦しむ人生のような気がして。
Commented by umih1 at 2008-01-19 18:28
セイロンさん自身、鬱の経験があるんですか・・・。
知り合いの方の病状は悪くなるばかりなんですね。本人も家族も辛いですね。
高校生の頃、母の見舞いによく行きました。会話らしい会話もできず、よけいに寂しくなって、とぼとぼと雪道を帰った記憶が脳裏に焼き付いてます。
母は外出先でもどこでも、頭の中のいろんな人の声と話をしてた。7歳頃から私は、好奇の目で見られることにも一生治らないという現実にも目を背けたくて、笑わない子供になってしまった。
人生を狂わせる病気が憎かったな。暗くなってしまってスミマセン。
電気ショックとか馬乗りとか聞くと、つらいんです。
そんな中で働いてらしたんですね、セイロンさん。
Commented by syenronbenkei at 2008-01-20 00:15
ごめんなさい。
ちょっと無神経でした。
知り合いが坂道を転げ落ちるように悪くなっていくもので、、、で対処法を十分に知りながら何もできないってのがくやしくて。
よけいなことを言ってしまいました。
ほんと、ごめんなさいねm(_ _)m
「言わなきゃいいんだけど」の上に「言わなきゃよかった」もプラスしておきたいです。
Commented by umih1 at 2008-01-20 16:40
セイロンさん、謝る必要なんかないですよ~!
もう、納得したはずのもろもろの事、そのなかの一つの話なんだし。ただ、ちょっと思い出しただけだから。
今まで通りのセイロンさんでいてくださいねっ。
by umih1 | 2008-01-17 22:27 | 思う事 | Comments(8)
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