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わたしのソファー

高野山 奥の院

宿坊で夜中に、夢を見て目が覚めました。
全体的にうろ覚えですが、最後のほうで何故そういう展開になったのか・・・
「もしもし」
「はい、あ、うみちゃん」
「はい。あの・・おねえさんいますか?」
「あ・・・実はおねえさんは亡くなったの。」
「えっ?!」

自分の声で目が覚めました。
おねえさんというのは、昔一緒に働いていた人です。
もう連絡はとりあっていません。
ああこれはどういうことだろうと、メールしてみた方がいいかなと、
悩みましたが何もしてません。

眼が覚めた後はちょっとドキドキしましたが、また眠りに落ちていきました。



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翌日は金剛峯寺へ行ったあと、路線バスに乗り奥の院口で降りました。
一の橋を渡り、木々と供養塔の並ぶ参道を15分くらい歩きました。
戦国大名や大企業、他派の開祖、一般の方々のお墓や供養塔、
それらは古く苔むして、高い高い木々と、ところどころ土肌が見える地面が
歩く人間たちの生と、亡くなった人たちを繋いでいるような、
不思議でいて不思議ではない、2015年からすぐ1000年昔に行ってしまえるような、
独特な空気を醸していました。

御廟橋を渡り、灯籠堂へ入りました。そこでお守りを買いました。
1000年ちかくその灯を絶やすことなく、人々が奉納してきた灯籠が天井からずらりとぶら下がっています。
灯籠堂の裏手にまわると弘法大師御廟があり、
たくさんの人たちがろうそくに灯をともしお線香をあげ、拝んでいました。
お坊さんもぽつりぽつり、じっと拝んでいました。
一日2回、生身供(弘法大師にお供えする食事)を欠かすことなくお供えしているそうで、
時間があえば見学できるということでした。
じっと御廟とその周り全体を見ていたら、
弘法大師はこの山にずっとおられるのだなあという気持ちになりました。

帰り道の参道で、
夜中に見た夢の意味を、ふと感じました。

夢にでた”おねえさん”は、私にとって、あまり尊敬できる人ではありませんでした。
20年上だろうと関係ありません。だから連絡もしていないのでしょう。
でもそんな人でも、今の私が乗り越えていない死を迎えた・・・
人は皆死にます。それは人にとって大きなハードルであり、事故などで簡単に死んでしまう可能性があったとしても、生きるものにとって死は大きな大きなハードルです。
死んだらどうなるか経験も興味もありませんが、私にとって死んだ人はみな尊敬に値するのです。
生きることは四苦八苦で、でもそんな生を生きてきたから死んだのです。
極論を言えば、生きて死んだ、それだけで尊敬する。
尊敬できない人も尊敬する人も、好きな人も嫌いな人も、生きているだけで尊敬すべき存在なのだなと・・・
そういうことをしっかり覚えておけという戒めの夢だったのかなと思いました。

そして弘法大師は即身成仏を説いています。
死んだあとに救われるということではなく、生きているものにはみな仏がいるということ。
仏陀も「今でしょ!」がモットーでした。
あれこれ悩むことが多く今を疎かにしがちな私に、参拝者を一の橋までお送りしてくださるという弘法大師が、
わかり易く教えてくださったのでしょう。


高野山駅のそばにあったお蕎麦屋さんで昼食をとりました。
驚くほど美味しかった。


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帰りは特急「高野号」に乗りました。快適でした。


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7月のうちに行っておいて良かったなと思います。

おわり。
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Commented by gabrielleraphael at 2015-08-17 04:30
1000年も灯を絶やすことないってすごいことね。
信仰ってそういう風に、しみじみと淡々と生活の中を流れていくものだと思います。
いい旅行でよかったね!
Commented by umih1 at 2015-08-17 22:15
ガブさんも是非、日本にきたら行ってみてね。1200年記念だからか、高野山ブームどぽいよ。テレビでも、最近特集やってた。
守ってくださっている、と感じることができるって、素敵なことね。
by umih1 | 2015-08-16 17:55 | Comments(2)
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