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わたしのソファー

寡黙なる巨人



柳澤桂子さんとの往復書簡を読んでいた時、ちょうどテレビで多田さんがテレビに出られていた。
自作の能が舞台になったときの、多田さんの晴れやかなお顔や、この著書で小林秀雄賞を受賞されたときの姿を拝見した。
今は亡くなられ、しかし精一杯生きたその人生に、新たに敬意をもった。

読んでみて、”巨人”の意味するところが理解できたが、そのときの目が開かれる思いは、簡単に、感動という言葉に置き換えるにはあまりにも軽く、多田さんの冷静で熱い決意に言葉がない。
多田さんが、懸命に尽くしてくれる奥さんに、ありがとうと言えることができない・・・という箇所に胸が詰まった。

脳梗塞など、突然倒れ半身不随になったりすることは、誰にでも起こりうること。自分がもしそうなってしまったら、その時自分は何を思うのだろう。

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Commented by さら子 at 2013-07-05 00:06 x
昨日お世話になった整骨院の院長先生の葬儀に行ってきました。
ミコのボート部時代、スマの野球時代、お世話になって、寅さんが暮れにぎっくり腰になった時も診療日じゃないのに、快く往診にきてくださった。
私と同い歳なの、まだまだこれから。
お子さんがおられなくて、若い頃は奥さんの働きで整骨院を開いたと。
突然のことで、どんなに奥さんを残して逝くことが心残りだったかと、健気に気丈にふるまう奥さんを見ては、胸がいっぱいになりました。
柔道の教え子、患者さん、外まであふれて涙していました。
記事と直接関係なくてごめんね。
多田富雄さんの記事を読んでつながってしまいました。
Commented by Gabrielle at 2013-07-05 00:41 x
ありがとうが言えないのは、相手との距離感がなくて、すごく親密な人、自分の延長のような存在だからじゃないかな?他人だと思うと言えるものね。
私ゃ自分以外はすべて他人だと思っておるので、家族にもありがとうは言いますが、どっちがいいのかはある意味不明ですな(^-^)
Commented by umih1 at 2013-07-06 21:58
さらこさん
突然のことだったのですね、お気の毒です・・
知っている人が若くして亡くなってしまうのはショックですよね。
残された奥さんはどんなに寂しいことでしょう。
生きているものは必ず死ぬものだけれど、「突然」はいつ降ってくるかわからない。
今こうして生きているのはやはり奇跡としか思えなくなりますよね、人の死に接すると。
多田さんは脳梗塞で倒れ、話すことも嚥下することも何もできない状態から、自分の中に新しく生まれた寡黙で不器用な巨人が足を動かしたり腕を動かしたりし始め、大変なリハビリをされてとうとうパソコンで文章を打ち随筆を出版するまでになりました。
突然に亡くなるのと、多田さんのように突然闘わなくてはならなくなってしまうのと、どちらも辛いことだなあと思いました。
Commented by umih1 at 2013-07-06 22:04
ガブリエルさん
多田さんは声もだせない状態だったので、ありがとうが言えなかったようです。
私もガブさんと同じ、家族にもありがとうは言うよ。自分以外はすべて他人という意味も分かるー冷たい意味じゃないもの。
親密でもなんでも、やはり「ありがとう」っていいよね。
でも、中には、ありがとうが言えない人っているんだよ・・
減るもんじゃないのにね。


by umih1 | 2013-07-04 22:32 | | Comments(4)
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