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わたしのソファー

ヘヴン



14歳の「僕」は、いじめにあっている。
同じクラスの、いじめにあっている女子「コジマ」との交流が、
いつしか心の支えになる。

14歳の「僕」は、自分が斜視だからいじめられていると思っている。

「コジマ」は、君のその斜視の目が好きだという。
それは君にとっての”しるし”だから。
わたしにも”しるし”がある。それが原因でいじめを受けているのは知っているけれど、それは自分にとっての大切な”しるし”。
そういうものを持っていない、いじめる側は弱い人間だという。

迫害されている宗教家のような価値観で生きているコジマは、
斜視は直せるということを「僕」の口から聞いた瞬間、
「僕」に対しての気持ちが崩壊する。
それからのコジマの様子は痛々しいを通り越している。これが14歳の女の子の状態というにはあまりに悲しい。
人は一人では生きてゆけない・・・コジマはストイックな宗教家ではなかった。彼女は本当は強くなぞない。「僕」の存在があったから強くなれただけだった。

いじめる側の「二ノ宮」と「百瀬」、彼らもまた、本当はいじめられる側と同じマイノリティだ。
詳細はなかったが、男の子である二ノ宮は同性の百瀬を好きだと感じたし、百瀬はなにかの病気を持っていると考えられた。
ホモセクシャルも、病気がちの少年も、一歩間違えればいじめられる側になるかもしれない。ただ何故そうならないか、顔がいいから器用だから頭もいいから・・・なのだろうか。

百瀬が語るシーンは読んでいて疲れてしまった。
価値観の違いとか、いじめる理由なんかないんだとか、やりたいことをやってるだけだとか、いちいち正論ぶって話しているけれど、私から見れば屁理屈で性格の悪いお坊ちゃまとしか映らない。

この小説は、携帯もパソコンも普及していない時代背景だが、
そういう個人的なツールがない時代でも、子供の実情を大人は把握できていないし、子供は大人に真実を話すことはできていない。
学校という小さな世界が全てになってしまうと、いじめられている子供やいじめられたくない子供にとってこの世は地獄だ。
子どもは大人を信頼できないから、肝心なことを何も話さないのか。
そんなんだったらもう学校なんか行かなくていいのになぁ・・・・・

斜視を直せるということをアドバイスしてくれた医者、淡々としているが思慮深い義母、裸のコジマを見て驚いて警察を読んだ女性。
以上の大人たちが、小さな世界の固い輪に風穴を開けた。
しかも、大人たちからのアクションで。

最後ページで、「僕」が見た ”ヘブン” 
それは川上さんの真骨頂かなと感じた。
同じものが見えたほどだった。

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by umih1 | 2013-06-01 21:18 |
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