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わたしのソファー

正明伝



 
東国初期教団が著した「親鸞聖人正明伝(しょうみょうでん)」が闇に葬られたいきさつと、その正明伝がなぜ親鸞の伝記として正しいと証明されるのかが、読みやすい対話形式で説明されている。
親鸞のひ孫である覚如が書いた親鸞の伝記「伝絵」に対する推測などを鑑みると、血族の争いごとや生き残るための方法として、本来の親鸞の教えが何も活きていないという、なんとも醜いことになっている。
肉食妻帯という大乗仏教の暁として生きていくことを強いられた親鸞聖人こそ、一番苦しんだ高僧ではないのかと思った。
法然上人の人としての苦しみもよく解説してあり、今でいう超プラトニック云々に、心がシンと沈む感じがした。

覚如に2度勘当された息子の在覚が、東国初期教団から親鸞の口伝面授の内容を聞き書きあげた正明伝には、
「兼実は無隅の玉日を嫁がせ、法然は親鸞に結婚を命じることで、在俗のただ中に念仏往生の道を開いて、一切衆生が助かる阿弥陀仏の大慈悲を明らかにした」
ということが記されている。
二人の結婚によって初めて、破戒無戒のままで助かる大乗仏教が誕生したことを、深い感謝の念で記しているという。

玉日の死後、恵信尼と再婚し、親鸞には合わせて4人の子供がいた。
異母兄弟や親子同士の諍いごとは、いつの時代も人の生きる道を大きく変えてしまう場合があるものだ。
親鸞自身、娘に、父は本当に浄土に行ったのかなどと訝しがられたという。
そういった人間臭さが魅力なのだろうと思う。

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by umih1 | 2013-03-04 21:39 | | Comments(0)
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