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わたしのソファー

9月に読んだ本。



森絵都「カラフル」

ブライアン・L・ワイス「前世療法2」

V・E・フランクル「夜と霧」

朝日新聞こころのページ編「江藤さんの決断」

アルボムッレ・スマナサーラ「自分を変える気づきの瞑想法」

ダライ・ラマ、ダニエル ゴールマン「なぜ人は破壊的な感情を持つのか」

梅原猛、河合隼雄、松井孝典「いま、いのちを考える」


9月は特に、いのちや生きるということに関するものをよく読みました。
その中から一番こころを動かされ、生きるということを考えるきっかけになったのは、
V・E・フランクル氏の「夜と霧」です。
この本は、日本でもベストセラーになったそうで、読んだ方もたくさんおられると思います。
フランクル氏は精神科医ですが、ナチスによって強制収容所に入れられました。
妻と子供たちは強制収容所で亡くなりましたが、彼は生き抜きました。


~つまり人間はひとりひとり、このような状態にあってもなお、どのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。
典型的な被収容者になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは自分自身がきめることなのだ。

~最後の瞬間までだれも奪うことのできない人間の精神的自由は、彼が最後の息をひきとるまで、その生を意味深いものにした。


ホロコーストでの、骨と皮ばかりの体を横たえた人の写真をみました。
過酷な労働、栄養失調、虐待、そんな事が当たり前の、いつ終わるともわからない状況のなかで、人間の尊厳を保つ精神状態にいられるのだろうか。

~それは例えば点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人々について、いくらでも語れるのではないだろうか。

この場合、人間の尊厳とは、人に対する思いやり、ということになるのだろうか。
しかし、それだけではないことに気がついたとき、私はフランクル氏の精神性の偉大さに震えてしまいました。


~生きていることにもうなんの期待がもてない”
こんな言葉にたいして、いったいどう応えたらいいのだろう。
ここで必要なのは、
生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。
“わたしたちが生きることから何を期待するか”
ではなく、むしろひたすら、
“生きることがわたしたちから何を期待しているのかが問題なのだ”
ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。


~生きしのげられないのなら、この苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。
しかし、私の心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、わたしを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。
もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。
抜け出せるかどうかに意味がある生など、その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、そんな生はもともと生きるに値しないのだから。
収容所を生きしのぐことに意味などない、と言い切るフランクル氏。

~生きるとはつまり、
生きることの問いに正しく答える義務、
生きることが各人に課す課題を果たす義務、
時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。


~自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、
生きることから降りられない。
まさに、自分が“なぜ”存在するかを知っているので、
ほとんどあらゆる“どのように”にも耐えられるのだ。


~わたしたちがなしたことも、わたしたちが苦しんだことも、
すべてはいつでも現実のなかへと救いあげられている。
それらもいつかは過去のものになるのだが、
まさに過去のなかで、永遠に保存されるのだ。


辛く悲しい、真っ暗な状況のなか、その、人生は、いったい自分に何を求めているのか?
その問いに、真剣に答えることそのものに、生きる意味があるのでしょう。
「今、生きているということ」が大切。

皆等しい極限の中で、人間の尊厳を保つことができる人、出来ない人、その違いはどこからくるのだろうか。
日々の暮らしの中で、自分自身のことをよく見つめ、人への思いやりを忘れずにいることが大切なのだと思います。
しかし、今の私は、どうなんだろう。自分のことに精いっぱいで、まるで根無し草のような、大人のくせにまるでわからないことだらけで、まったく恥ずかしい人間であります。



朝日新聞こころのページ編「江藤さんの決断」について。

何年か前に、文芸評論家の江藤淳氏が、66歳で自死しました。
奥さんをガンでなくされ、自らも病気でした。
当時、週刊誌や文芸誌では、愛する奥さんの後追いでその自死をやたらと美化していた記憶があります。
朝日新聞が、一般の方からこの事に対する考えや感じたことを募集したところ、たくさんの投稿があったようです。その中から抜粋されたものなどが掲載されていました。

子どもがいない、親もいない、一卵性夫婦と言われたほどのおしどり夫婦。
病気による不自由な体を、由緒ある家柄の男としてプライドが許さず・・・ということも言われましたが、愛する者を亡くした鬱の状態ではなかったかなと思いました。
抜け殻になったのではないでしょうか。
しかし、こういう著名なインテリが選ぶ自死ということは、とくに同じ年代以上の方たちには影響が大きかったようです。

なかでも、心がギュッとしぼむような気持ちになったことは、
最愛の伴侶を亡くし茫然自失、でも、でもわたしは死なない!でも・・・死ぬ日が待ち遠しい。
もしかしたら死なないといっていても、本当は死にたいんじゃないか・・・という投稿が多数あったことです。

私は、他人の死に方をどうこう言えません。実際、自死した人は私の近親に何人かいますから。でもやはり、自死、ということは、今生きているほうからすれば、これほど悲しいことはありません。はやく、一日でも早く、光あるところにたどりつけますように・・・と祈ることしかできないのです。

最愛の伴侶を亡くした時、私だったらどうなるでしょう。気が狂うでしょうか・・
でも、自死だけはしません。その行為の重さがよく分かるから。

もう一つ、ある投稿を読んで、いつまでも泣いて感動したものがあります。
75歳の女性で、この方は子供のころから体に障害があり、ひとり暮らしです。

224頁「まだ私の仕事はある」より抜粋
 昨日も病院で薬を待つ間に、上の病院をのぞいてみた。マヒで言葉がうまく出ず、
 家族もあまり来られない方のお見舞いだ。
 沈み込んでいた顔が、私の顔を見るなり輝いて、ようやく「イケダ」と私の名前も出て、
 にこにこし始めた。ともに、「あめあめ降れ降れ」を歌うと、言葉が次々出てきて、私も嬉しくなる。
 車いすを押すような力仕事はできないが、歌やおしゃべりなど、まだ私にできることはあると思う。
 自分が病気になったときの事などは考えないで、いま与えられている生命を懸命に生きようと思っている。

 ・・辛くなると、この方のこの文章を思い出し、とても励まされます。
笑顔や人への気遣いは、結局は自分に還ってくるのだと思います。
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Commented by Gabrielle at 2011-10-04 19:16 x
umilさん
また偶然ね。V.Eフランクル、私の卒論のテーマの一つだったの~。「死と愛」っていうもちょっと専門的な著書もあるんだけど、あれば感動したわ。
愛の段階について書いてあるんだけど。
フランクルが絶望しきることなく、生き延びることができたのは奥さんへの愛のおかげなんだよね。
収容所内で、深く奥さんを慕っている時には、もう彼女の魂はこの世にはなかったんだよ、確か、そんな回想があったはず、日本に置いて来ちゃったままだけど、この本のことは時々思い出すわ。
Commented by umih1 at 2011-10-05 23:41
Gabrielleさん
あ、そうなんだー。「死と愛」って、けっこう専門的ですよね。買おうかどうしようか迷ってるんですよー。
難しそうだなーと思って。
愛の段階って興味あるな・・
フランクルさんて、長生きされましたよね。
収容所からでて、奥さんや子供たちがなくなってしまったことが分かったとき、どんなに辛かったろう。
フランクルさんには、人間の本来の深い知性を感じます。。
Commented by Gabrielle at 2011-10-06 03:59 x
読んでみて下さい。
こんなに「愛」について、真剣に考えてた人がいたんだってだけでも感動するから。
難しくはないです。物語ではないから、ワクワクドキドキはないけど、深く感動します。
Commented by umih1 at 2011-10-06 21:29
Gabrielleさん
アマゾンで、今注文しました!
フランクルさんの本はもっと読みたかったので、このようなご指南は有難い。
ついでに神経症についての本も買いました。届くのが待ち遠しいな。
Commented by pikeflower at 2011-10-09 10:36
なんども日記を読みました。
死と愛は永遠のテーマですね。

昨日ちょうどテレビで聖路加病院の日野原先生(ご存じですか)のドキュメンタリーやっていたの。
人のために尽くす人生をされてきて、
100歳になられたんですけど、
奥様91歳認知症でご存命で、
二人でこんなに長生きで、
仕事では最期医療を何十年もなさって常に死をみつめていても、
長年連れ添った最愛の奥様との別れを考えると不安で、つい考えないようにしてるとおっしゃってました。

こんな人生のエキスパートも、
やっぱり怖くて不安になるのだなと、
わたしだけではないんだなと、
ちょっとほっとしたような気がしました。


Commented by umih1 at 2011-10-10 17:48
pikeflowerさん
日野原先生は、もう100歳なのですか。
現役で医師を続けていられるのは、体の健康ばかりだけではないと思うなー。
最愛の奥さんといつかは別れの日を迎える・・・そのことが不安だという、そういう部分があるからこそ、人からの信頼や親しみを受けるのでしょうね。
だれでも、怖いんですよう。
だって、だれも死んだらどうなるか、ほんとうのところはわからないし、そのわからなさが、人を怖くさせるわけよね。。。
天国というか、魂の集う場所があって、きっと死んだらそこに行けるとわたしは信じてるんだけど、でも先に死なれちゃって現世でひとりぽっちになっちゃったら寂しいよー。
生きているうちは、無理に死のうとしないで生きてた方がいい。
死にたくなったら、酒飲むしかないかな。
お酒飲めなかったら12時間くらいヨガをするとか(笑。
Commented by pikeflower at 2011-10-10 21:40
<お酒飲めなかったら12時間くらいヨガをするとか(笑。

そうだね(笑)
by umih1 | 2011-10-01 16:58 | | Comments(7)
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