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わたしのソファー

7月上旬に読んだ本



「ラブ・ストーリーを読む老人」 ルイス・セプルベダ

部隊はエクアドル東部のアマゾン上流。世界の潮流からは隔絶されたような場所だが、開発の波が迫り、生活を脅かされた先住民や動物たちはさらに奥地へと移動していく。何も理解していない、「現代」を生きる人たちに、生活を脅かされていく。
アントニオ・ホセ・ボリーバルという老人は、若いころ妻に先立たれ、子供も授からず、ひとりで暮らしている。この地に入植者として住み着くが、先住民との共存、友情により、森を知り尽くした人である。
あるちょっとしたことがきっかけで、本を読む喜びを覚える。
一番のお気に入りは恋愛小説である。
その日に食べる物をとり食べ、時間をかけて小説を読む。ということが喜びである。

しかしある日、人間たちの横暴によって追い詰められた雌の大きな山猫が、今度は人間を襲い始め、ちいさな村の脅威となってしまう。その山猫の伐採隊が組織され、老人もそれに加わるよう任命される・・・
広く深い知恵を持つ老人は、無事山猫を仕留めるが、なんとも切ないやるせない気持ちでいっぱいになった。
こういうことは、たくさんあるのだろうと思う。

豊潤な自然の様子、先住民の死者に対するしきたり。木々の匂い、獣の匂い、人の匂い。

ヨーロッパでは新人文学賞などをとり話題になった本らしいので、あなたの街の図書館にもあるかもしれない。機会があったら読んでみてください。


ラブ・ストーリーを読む老人

ルイス セプルベダ / 新潮社





「私とは何か さて死んだのは誰か」 池田晶子

101頁より
―老いるということは、外見やライフスタイルの問題ではない。それは完全に、内容の、精神のありようのことなのである。何を価値としてその人はそこまで生きてきたか、その時それは隈なく現れるのである。その意味でそれは怖いことではあるが、おもしろいことでもある。人生の作品はほかでもないこの自分だということだ。

池田さんはよく、私とは何か、と、問うてる所の「これ」、これはいったい何なのかと問うている。とんちのようだか、そういわれてみれば、これはいったい何なのだろうと思う。

私は、考えることが苦手だ。いろんなところに行ってしまい収拾がつかなくなる。
生活をしながらずっとこころにとめておくと、ふうっと自分なりにわかる瞬間がくるときもある。わからないままのことも、たくさんたくさんある。考えるべきことに気がつかないこともある。
哲学者という人たちは、考えることにおける集中力が飛びぬけているんだと思う。
なんにつけ、その道のプロといわれる人たちは、「好き」なことに対する集中力があるのだろうと思う。その集中力という能力は、いちばん皆が欲しがる能力なのではないかな。




「神の子どもたちはみな踊る」 村上春樹

平成12年に出版された本である。村上氏は神戸出身なので、阪神淡路の震災について書かれた短編集である。
偶然手にした本だったが、東北の震災から4ケ月経った今、こうして読むことに不思議を覚える。
また今年、大きな地震があるのだろうか、という不安はある。
一番の恐怖は、関東圏、特に東京にもし大地震が来たら・・・ということに恐怖を感じる。
海もある、地下鉄もある、高層ビルは耐震になってるのだろうが・・・
「かえるくん、東京を救う」と、「蜂蜜パイ」を読んで、あ、これ、読んだことあるなと思った。
読んだことがあったり、買ったことのある本だったり・・・そういう本をまた買ってしまうという、おいおいプチ痴呆か、と苦笑するのだ。
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by umih1 | 2011-07-18 14:36 | | Comments(0)
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