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わたしのソファー

世界は広い



私は漬けものである。忙しいほど、本漬けと音楽漬けになる。


G.ガルシア・マルケス 「エレンディラ」

短編だが繋がりのあるような気配。
いっぺんに空気が濃厚になる。
長編の「百年の孤独」を読みたいが、文庫版にしてくれない。
文庫にしてほしい。


吉本隆明 「老いの超え方」

ばあちゃんの具合が悪くなる前から読み始めていた。これを読みながらばあちゃんのことを考えていた。自分もこんなふうに不自由になっていくんだな。でも体の不自由と頭で考えることの時間のずれって、イライラするだろうと思ったら、あんがいそうでもないのかな。吉本さんは老人を「超人間」と言っていた。人間を超えた、人間と何かの間みたいな。



池田晶子 「考える日々」~ONE SIZE FITS ALL

養老孟司氏から「あなたは変わっている」と呟かれた池田さん。
浅野裕子のような美女の頭の中はとても不思議だ。
言いたいことを言っている割には誰からも集中砲火を受けない。
変人過ぎて誰も相手にしなかったのか。

92頁より
「以前、合気道の開祖、植芝盛平翁の武産合氣という妙な本を読んでいたら、あ、これだったのだと気がついた。翁はこのように述べている。”合気とは敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。
・・・・中略・・・・宇宙がその腹中にあり、我は即ち宇宙。なのである。いかなる速技で敵がおそいかかっても、私は敗れない。それは私の技が敵の技より速いからではない。これは、速い、おそいの問題ではない。はじめから勝負がついているのだ。
合気道は無抵抗主義である。無抵抗なるが故にはじめから勝っているのだ。邪気ある人間、争う心のある人間は、はじめからまけているのである。”
闘わずして勝つ。合気道は愛である。私はそれと知らずに「言葉の合気道」を行っていたらしいのである。」

争う心・・・それは、私の中にまったくないと言ったら嘘になる。
邪気を払うというが、それはきっとその人の心からでてくるものなのだろう。

86頁より
「世界保健機関報告は、50歳未満の”早すぎる死”も、やがて半減するというふうに言っているが、
なぜ50歳未満の死が”早すぎる”のだろうか。早いか遅いかは当人が思うことだ。
しかも、生の価値は精神の質にしかないことを知っている人なら、生存の量には早いも遅いもない。
なぜなら、死なんてものは、じつはどこにも存在しないということをも、その人は知っているからである。
逆に、存在もしない死を恐れて、ひたすら長生きに努めているような人にとっては、百歳の死でさえ、
常に必ず”早すぎる”はずではないか。」

池田さんは40代で病気で亡くなってしまわれたが、決して”早すぎる”ことではなかったと、
つくづく思う。考えて考えて生きるとは何かを今も私に問いかけてくれる。
池田さんの本を読むと、例えば朝起きがけのぼんやりした頭の中に、しっかりしたお姉さんの面影が見える。
なんかこう、しっかりしたものの気配を感じることがある。
精神とはずっと残るものなのだな・・・と思った。
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by umih1 | 2010-02-11 21:00 |
Days of Wine & Dogs
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